ケース2−3 駿壱の場合
トイレから帰ると、待ち合わせをした場所には、ジュースを持たされた男二人だけがぽつーんと座っていた。
「二人は?」
「華菜ちゃんは?」
俺と近宮が同時に口を開く。
「「トイレ」」
そして同時に同じ言葉が出てくる。
イヤな予感がする。
くるりときびすを返して、トイレに向かう。
「お、おい、待てよ。オレらも行く」
ジュースを放置して、近宮と霧島が立ち上がり、追いかけてくる。
そのトイレ自体は、建て直されたばかりなのか、後楽園遊園地のそこらのアトラクションから浮くくらいキレイな建物だ。少し離れているとはいえ、化粧直し程度ならあちらに回るだろう。鉢合わせてなければいいんだが。
しかし。
たどり着いたとき全てが遅かったことを悟る。
入ろうとした人が思わず帰ってくるほどのトイレの中から聞こえる甲高い怒鳴りあい。
「うっわー……田中、こえー」
「子供相手にそこまで言うかー?」
すでに近宮も霧島も、引いてしまっている。
人格がどうであれ、田中エリは同級生の女子の中では一番頭のいい女だ。くわえて弁も立つ。二年の後期からバレーボール部の主将である彼女は、自分より弱い立場の者に対する一種イジメともとれる言動では大変有名な人物である。女子バレー部の人数はピーク時の半分程度まで減っているだろう。頭が良く、観察力があり、ついでに洞察力に優れている。物事を推察して、相手のもっとも弱いところを内臓をえぐるようについてくるのだ。立て板に水どころか、滝壷に水が落下するかのごとく華菜に対する罵詈雑言が聞こえてくる。逆に華菜は、頭は悪くないのだが回転数は人並みだ。その上両親が二組いるような環境の中、蝶よ花よで育って来ている。外見がかわいらしく、わりあいに要領がいいので、面と向かって罵倒されるという経験もないだろう。
客観的に見なくても、この勝負、華菜が勝てるはずもなく、案の定、泣きながら走って出て来て、なぜかいる俺の姿をみて、一瞬安心した顔をしたのち、立ち止まって動かなくなる。
俺を安心させるためのセリフを何か言おうと、必死で口を動かそうとするのに、言葉が出てこない。
「もう何も言わなくていいから、大体聞こえてたよ」
小さくて軽い体を抱き上げる。
死んでも離れないだろうめいっぱいの力で華菜がしがみついてくる。
まわりの事など全く気にせずに、力の限り泣き喚く。
華菜を追いかけて、田中エリが姿を現した。
こちらも、まさかここに俺がいるとは思わなかったのだろう、威勢良く華菜を呼びとめる言葉が、途中でしぼんで消えた。
さあ、俺の大事な華菜を泣かせてくれたお礼をしようか?
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