ブレス 近宮君のつぶやき
イヤだ。
イヤすぎる。
なんでアイツ女のくせに、いや、男でもこんなとこじゃ言えん。せっ……言えん。心の中でも恥ずかしくて言えん。なのになぜそんな平然と言えるのだ?ここは女しかいない女バレの部室じゃねーんだぞ。
イヤだー あんな女と幼なじみだと思うだけで気が滅入る。
もともと同じ公団住宅のお隣さんで、入居時期も同じ。田中の母親がすげー教育ママで「今からは小学校も私立でないと」という田中の母親の意見でウチの母親もオレを条祥小学へ申込んだ。
そして、オレは受かり、田中は落ちた。
条祥小学の合格は、運である。
一応、小学生が通学できる範囲内に自宅があり、家族の収入も一定額あることが条件ではあるが、子供の学力については全く問われない。
くじだから。
校長がダーツで決めてるとか、ビンゴシュートの機械を使っているのだとか、入学してから妙なうわさは聞いたが純粋に運である。そんな選ばれ方をするが、創立以来外部と同じ入試を受けて、中学試験に失敗する者はないのだから不思議である。
それまでウチの母が押され気味だったとは言え割合友好なご近所付き合いがあったのが、それを期に、田中の母親は、シカトはもちろん我家の住人を目の敵にし、ある事ない事近所に触れ回り、結局弟が小学校に進学、オレが三年生に進級するとき父親が清水の舞台から飛び降りてやると、分譲住宅地である鷹の台に家を買い、逃げるように古いが家賃も安く、住み心地も悪くなかった公団住宅をあとにした。
やっと田中の呪縛から逃れる事が出来たとほっとしたのもつかの間、中学の入学式で意気揚々と新入生代表で挨拶をする田中の姿を見てオレは暗鬱な気持ちになった事を覚えている。
以後、小学にあがる前の悪行や恥ずかしい出来事をばらすと脅され、ことある毎に下僕のごとき扱いである。加えて高等部に入って二年間、ずっと同じクラスだったのだ。
今日のことだって、鷹の台第一小学校の卒業式の日程リサーチし、田中は今日、駿がここに来るだろうことを予測し、朝から駅で張り込みをさせられたのだ。
しつこく、誰と行くか聞き出せと言われたがこればかりは分からないとしらばっくれつづけた。
でないと華菜ちゃんが危険過ぎるからだ。
いや、それは建前で、実は華菜ちゃんがらみの駿も怖いからだ。
条祥小学からの同級生はその恐ろしさを身をもって体験している。
オレ達の住む鷹の台から条祥に通う子供は多かった。小学生の頃はよくいろんな家に遊びに行っていた。もちろん駿の家にも良く行っていたし、華菜ちゃんの事もしっていた。
五年生の時、同じクラスになった女子が、どうしても駿の家に遊びに行きたいと駄々をこねて、オレはダシに使われた。
何人かの女子と行ったわけだが、その時幼稚園児だった華菜ちゃんが、オレ達のなかに加わってきた。
せっかく遊びに来たのに、駿が華菜ちゃんを一番ひいきしていたのが気に入らなかったのか、駿が席を外したとき。その女子、A子(仮名……名前覚えてねーわ)が華菜ちゃんにネチネチなんか言って、結局華菜ちゃんが泣いて家に帰ってしまった事件があった。
なにも知らずに自分の部屋に帰ってきた駿が、華菜ちゃんがいない事に気づき、気まずそうな女子の態度におおよそを把握したのだろう。
今みたいに静かーに全身から冷気を漂わせて華菜ちゃんの事を聞いた駿に、A子は目を合わせようとせずに「なんか帰っちゃった」とだけ言った。
すぐにオレ達は駿の家から追い返された。
その仕打ちがかなり理不尽だったらしくA子はずっとぶつぶつ文句を言っていたが、他の女子に「A子が悪い、明日会ったら謝っときな」なんていわれて、本人も反省したのだろう、ちゃんと謝ることを約束して、そのまま帰って行ったが、恐怖は翌日、学校で起こった。
謝りに来たA子を、駿は全く無視した。
存在そのものが無であるかのごときさりげない無視。
実際、駿の中で、A子と言う存在はすでに消去されていたのだろう。遊びに行ったほかのメンバーにはいつもと変わらぬ対応だったのに、A子は完全にいないものとして扱われている様子だった。
「A子が謝りたがっているから、無視するのはやめてあげて」とクラスの女子が駿に言ったとき、駿は困惑した表情で「誰?それ」と聞き返してきたと言うのだ。そこで彼女たちは、駿が故意にシカトしているのではなく、モノホンでA子の存在を消去しているのだと気づかされた。
クラスの中心にいた駿に存在を否定される事により、クラス中からなんとなく敬遠されて、A子はその後すぐ学校にこなくなり、二学期が始まる時には席すらなかった。
華菜ちゃんを泣かせたら駿の記憶から自分がいなくなってしまう。駿の記憶から消えると言うとこは、クラスから自分が消えるということを同義だ。
だから小学からの進学組は、だれもそのことには触れないのだ。
さすがに高校生にもなってそんなことをするとは考えづらいが、可能性がないわけではないので一種タブーとして語り継がれているはずだが、田中は知らないのだろう。田中が仲良く喋るのは宮田くらいだし、宮田は進んで人の悪口をいうタイプではない。
宮田の誘いを駿が断り、にっこり笑って券を巻き上げているところは、教室に残っていたオレも見ていた。
そして、駿が生徒会の引継ぎがあるからと教室を去ったあと、田中が烈火のごとく怒り出したのも知っている。
しかし、去年の文化祭で行われたミス条祥で、グランプリに選ばれた宮田の誘いまで断るとは思ってもいなかったのだろう。
「翔子を振るなんて見る目がない」とか、「この年になって彼女の一人も作らないなんておかしい」とか、挙げ句の果てには「ホモか不能」とまで言い放っていた。死んでもこの女だけは敵に回したくないと再認識させられ、げんなりとなっているオレに、至っていつもの命令口調で、同じ鷹の台に住んでるんだから駿を見ていろと言い放ったのだ。
同じ鷹の台だと言っても、開発当初に入居した駅に近い一区に住む駿と、かなり山手側になる十一区に住む俺とでは端と端である。直線距離でざっと三キロ離れていることなど、田中は知った事じゃない。
結局駅で張り込みをし、駿が出かけるのを見て田中に電話。アンタも誰か一人男子連れてこい、と言われて、今隣にいる霧島が、たまたま家にいたために今回のいけにえだ。
しかも入場券も乗り物代も飲物代も食い物代も全部オレ等持ちにさせられた。すまん、霧島、今度マックおごるから許してくれ。
そして今、姑息な田中の術中にはめられている駿、悪いとは思う。だが、オレとて我が身がかわいいのだ…とりあえず、田中を消去してもいいけど、オレの事だけは忘れないでくれ。
と言うより、頼むから早く終わってくれ。
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