ケース2−6 華菜の場合
「おれたちも帰ろうか?」
「うん」
顔が上げられない。
だって泣いたもん。まぶた重いもん。いやー きっと変な顔だよう。
「きゃ」
ぼーっとしてると、駿兄がしゃがみこんで顔を覗いていた。っ!!! 見ないで見ないで見ないで見ないでっ!!
「腫れてるなぁ、こりゃ大事な顔が台無し。なんか冷やすもの買ってあげるよ」
冷やりとした駿兄の大きな手がまぶたの上をやさしくなでる。はー。きもちいい。
「歩ける? 疲れてるならさっきみたいに抱いてあげるけど?」
「いい。歩ける」
はう。何で私、あんな、人前で、抱き付いちゃったんだろう。恥ずかしすぎる!!
腫れたほてりと違う熱で頬が熱い。これじゃますます顔が上げられないよぅ
「近宮、霧島、おれたち帰るけど、お前らどうする?」
「勝手に帰るよ。こんなとこに男二人でいてもおもしろくも何ともねぇ」
「本当に。何で僕まで巻き込まれたのかな? 近宮クン? 何も知らされずにこんなとこまで呼び出されるわ、チケット買わされるわ、ジュースおごらされるわ」
「ばっ! わーったよ、帰りにマックおごるって」
「割に合わないな……」
「しゃーねぇだろ? オレだってお前とおんなじだけ払わされてんだぞ」
「近宮クンは田中さんの下僕だから当然でしょう?」
「誰が下僕だー!!!」
淡々としたしゃべりっぷりの霧島君と、段々音量が上がってくる近宮君の漫才は、その後もしばらく続き、結局近宮君がマック五回奢りで話がついたらしい。
「斎藤クン、新学期、学校で」
まったりと単語のみで駿兄にそう言って、霧島君が近宮君を連行していった。
近宮君、哀れかも……
「雨が降りそうだな、早く家に帰ろう」
差し出された手。
「どうかした?」
いつもなら、嬉々としてつなぐ手。というより、体当たりかまして腕ごと抱え込んでたのに。
「やっぱりどこか具合悪いのか?」
違うの。何でだろう? 手をつなぐのってこんなにドキドキした? こんなに気恥ずかしかった?
「あの、えっとね」
上手く言葉にならない。
この気持ちを、どう言っていいのかわからない。
目を瞑って、息を吸って。
駿兄はなんて言ってくれた?
「あの、ね。華菜も」
喉がからから。
「うん?」
「華菜も、駿兄しかいらない。ずっと、ずっとね、どんなことも駿兄がいい。だって、華菜はお父さんよりも、お母さんよりも、世界で一番、駿兄が好きだから。華菜の全部、駿兄にあげる」
なんとかそれだけ言って、目を開けるとしゃがみこんだ駿兄の、優しい顔がすぐ近くにあった。
「うん」
ぽんぽんって頭をなでてから、立ちあがって、やっぱり差し出される大きな手。
手のひらと手のひらが合わさる。
いつもと同じ。
でもいつもより、少し、強く握られた手。
いつもより、少し早い歩調。
そっと見上げたら、駿兄の顔もなんだか赤くて、少しだけほっとして、その後すごく、うれしくて、幸せな気分になれた。
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