ケース3−3 華菜の場合
どうしよう?
どうしよう?
どうしたらいい?
とりあえず、えへ、と笑ってごまかしてみる。
「華菜……」
ダメっすか?
なんかいろいろ諦めたっぽい感じで駿兄がため息のように私の名前を呼ぶ。
「風呂は? 濡れてるし、このまんまじゃ風邪ひくぞ?」
あーうん。廊下に出て、改めて寒さ実感。
結構ぬれてたのがわかって、認識されたところで鼻水とか出てきそう。
どんな言い訳をしようかと考えていると、何も答えない私に少しいらだったように、駿兄が髪をかきあげた。
「黙ってちゃわからないだろう? 風呂に入りたくなくても、着替えなきゃ……」
「だめ! このままでいいの」
「よくないだろう!! わがままも大概にしてちゃんと着替えろ!」
怒鳴られたのは初めてかもしれない。
無理に腕をつかまれて、立ち上がらせようとされるのも、初めてだ。
「い、や!!」
何とか逃れようと、身をよじってもびくともしない。結局私のほうが、つかまれた腕の痛さに立ち上がるしかない。
「いや!! やだよ!! 行かない」
ふんばっても靴下が、廊下をすべる。つかまれていないあいたほうの手で駿兄の腕をつかんで取ろうとしても、全然、ほんとにびくともしないの。手首の一番細いところなのに、私の手じゃ一回りもしない。逆に私の二の腕をつかんだ駿兄の手は、指が第一間接余ってる。
外れないならと思いきりあちこち殴りつけても、やっぱり全然、効いてない。
「やだー! 横暴! いじわる!! やだって言ってるんだからほっといてよぅ!!」
とうとう脱衣所まで逆戻り。あいた手で必死に入り口にしがみつく。
必死の抵抗を試みる私の腕をつかんでいた駿兄の握力が、一瞬ゼロになる。
あれ? と思うまもなく、そのまま軽がると担ぎ上げられてしまった。
「やだやだやだやだっ降ろして!」
じったばった手足をゴキブリみたいに振りまわす私を、駿兄が無言のまま、つれ込んだ先は。
だって、脱衣所の向うはお風呂場ですから。
「ちょっ!?」
経済性を重視してバスダブにふたをする遠野家と違い、あまり使われていない斎藤家の風呂には必要最低限なものさえ置いてない。バスダブのフタも、洗い場のすのこも、ないのだ。かろうじてボディーソープとシャンプーリンス、そして桶があるのみ。
「なっ!?」
ざぶん、と、派手な水飛沫。この場合は適温のお湯だけど、みるみる服にしみていく。
気がついたら、私はお湯のあふれたバスダブの中に座り込んでいた。
「な……な、な……なにすんのよう!? っうきゃっ……!!」
立ちあがったものの、無駄にフリルやリボンやレースのついた、布をたっぷり使った服が水分を含んで信じられないくらい重くなってて、自重を支えきれずに洗い場に立つ駿兄に突っ込んでしまう。
いやーこれから私文句言う相手に支えられるなんて!!
気合で体を引き剥がす。
なんとかカベにもたれて、体勢を整える。
目の前の駿兄も、私をバスタブに突っ込んだ時と、しがみつかれたせいでシャツもGパンもこれでもかってくらい濡れている。
「なんでこんなことするのよぅ……」
口から出た声は、自分でもびっくりするくらい小さかった。
駿兄にはきっと今にも泣きそうなかんじに聞こえただろう。
実際駿兄がどんな顔してるのか、怖くて顔が上げられなくて、揺らぐ水面と、駿兄のGパンのひざが見えるだけ。
なのに、駿兄が、髪をかきあげているのがわかる。
駿兄が髪を触る時は、困ってるときだ。
そして困らせてるのは私。
「こうしたら、絶対着替えるだろう?」
だ、だからって……
「……もう出るから、もうなにもしないから、ちゃんと着替えて風呂に入って、な?」
そう言って、濡れた洗い場を出て行こうとする。
待って、行かないで。
「だって!!!」
立ち止まって。
「だって……」
振りかえって。
「だっ……て」
私を見て。
「ごめん。悪かった」
「ごめんなさい」
言葉が重なって。
視線が、やっと合って。
「ごめんなさい」
また涙がこぼれて。
「ごめんなさい」
それしか言えなくて。
「ごめっ」
「いいから、なんで華菜が謝ってるんだ? ひどいコトしたのは俺だろ? 理由も聞かないでこんなコトしたんだから」
「だって。華菜が悪いんだもん。でも言えなかったんだもん」
濡れた服。
お湯だったとはいってももうすでに冷えてきてる。上半身が寒くなってきてる。
「こ、この服……」
一人で脱げないの、と言う言葉が固まった。それはイコールで、服を脱がせることができるのは、駿兄しかいないということ、この状態では、もう脱がなくちゃいけないことが、頭の中をぐるぐる回る。
「……その服、朝、由紀さんが……言ってたけどまさか、本当に……」
びしょぬれになった私を見ながら、駿兄がつぶやいた。
「一人で脱げないとか?」
その通りなので、私は首を縦に振った。
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