ケース3−4 駿壱の場合
目の前で、ずぶぬれにしてしまった華菜が頷くのを、ちょっと絶望的な気持ちで見下ろす自分を、もう一人の自分がなにやってんだよって見てる感じ。
「本当に?」
頷く華菜。
「前は由紀さんが脱がせてくれたのか?」
やっぱり頷く華菜。
つくづく、あと先考えない行動はしてはいけないと言うことなのだろうか?
風呂に入らずに自宅に帰ろうとした華菜を見たとき、咄嗟に俺がなにするか分からないから逃げるんだろうかと思ったのも事実だ。
実際冗談とはいえいっしょに入ろうかなんて言ってしまったし。
風呂に入っている間に襲ってしまえば逃げ場はない。華菜にとっては絶望的な状況と言える。
それを回避しようと、逃げたんじゃないかと、勝手に思って、勝手に逆上して、勝手に体が動いて……
全くそこまで思い至らなかった。
確かに出掛けに由紀さんが笑って「一人で脱げない」と言っていたが、まさかホントにそうだと思いもしなかった。
ってことはナニか? 華菜が着替えてたらイコールで俺が脱がしたことになるのか?
鷹の台から宇都宮まで車で飛ばして片道三時間。
今の時間は六時半を少し回っただけ。
どちらの両親もまだ車の中だろう。
トンボ帰りをするにしても、彼らが帰ってくるのは深夜、日付が変わってからだ。
多分あの人たちは華菜が着替えてようが気にもとめんだろう。
俺の気持ちも、華菜の気持ちも、誰も知らない。
出かける時の華菜のままなら、平気でいつもの調子で「お兄ちゃんあのね」と服を脱がせることを要求してきただろう。
でも今は違う。
明らかに。
ひざ上まで湯につかっているとはいえ、冷えてきたのだろう、華菜が両肩を両手で抱くようにして、少し震える。
「ごめん、悪かった。全然気付かなくて、その」
外気を入れないよう、慌てて戸を閉める。
「とりあえず、もう一回湯に入って、体温めて……」
本当に寒かったのだろう、素直に服のまま肩まで湯に入る華菜。
ゴムが切れたのか、三つ編みの髪が左側片方だけ水に広がる。
「いつまでもそうしてるわけにもいかないから、やっぱり服、脱がないとな」
びくびくぅっと、おびえる小動物のように華菜が上目遣いに俺を見る。
「大丈夫、華菜が怖がるようなことしないから、自分で脱げるくらいになったらこっからでてくよ」
たぶん……大丈夫な、はず。それまで持ってくれ理性。
バスダブのヘリに座って、うつむいたままの華菜の頭を二回なでる。
「な、俺が悪かったから、明日でも明後日でも華菜の好きなとこ連れてくから、頼むし、言うこと聞いてくれよ」
ナニもしない、と言ったことに安心したのか、どこかにつれて行く、と言ったのが効いたのか、華菜はおとなしく一度頷いて、立ちあがろうとする。
なにせ大量に布が使用されている服である。たっぷりと水を含んだそれに、うまく立ちあがれないらしい華菜の手を引いて、なんとか立たせる。
「えっとね、うしろ。私、どうなってるか分からないの。私、ファスナーって金属アレルギーで、使えないから、お母さんが作ってくれる服って全部一人で着たり脱いだり出来ないの」
由紀さん……いくら何でも一人で脱げないような服作らないで下さい。ファッションショーじゃないんだから。
「分かった。立ってるのつらいだろ? ここ座って」
バスタブに入ったまま今度は華菜をヘリに座らせて、俺も洗い場の方にひざをつく。三つ編みの解けた方を前にたれるようにかき分けて、後ろを見る。
細いリボンがぎっちりと編まれて、一番上で三色のリボンがひとまとめに蝶々結びされている。
とにかくそれを解かないとどうにもならない様なので、解こうとしても水のせいで思い切り締まっていて、解きにくいことこの上ない。
なんとか解いて、編まれている部分をバラす。その下にはご丁寧に今度は隠しになった部分に細かいボタンが二十個近く並んでいた。
無理だ。絶対こんなもの一人で脱げるわけがない……
一つ、二つ、三つ目。
俯く華菜の背骨が浮かぶ。
四つ、五つ、六つ。
開かなくても、布が勝手に水の重みでずれて、白い背中が、少しづつ現れる。
七つ、八つ、九つ、十。
なるべく肌に触れないように。
それは華菜をおびえさせないためというより、自分がどうにかならないために。
十一、十二、十三。
直径八ミリ程度の小さなボタンになれないのと、濡れてボタンホールが通しにくいのと、緊張感と。
十四、十五、十六、十七。
徐々に、自分が何をしているのか忘れてしまいそうになる。
十八、十九……
あと一つ。
あと一つでこの拷問に似た時間もおしまいだ。そのままここを出て行けば……
二………
十、と手をかけた瞬間、それまで四つ目くらいまでしか開いていなかった合わせの、左側が音もなく、ずりおちた。
いやぁっと言う華菜の悲鳴が結構遠くで聞こえた。元に戻そうと右手で左肩を押さえれば、反動で右側も前に引き込まれて、背中が大きく開く。
「っ!! ごめ……」
白いうなじ、せり出した肩甲骨。
薄手の下着。キャミソールかなにか。その下に透ける、白いブラ…
吸い寄せられた。
何も考えずに、剥き出しの肩に手が触れた。
冷たくて、滑らかで、華奢な肩。
無意識が一番自分に正直なのかもしれない。
右手が、華菜の右肩にかかった肩紐を、払いのけた。
パニックが極まったのか、華菜は何も言わず、そのまま固まっている。
左手が、華菜の腰に回る。
唾液を飲みこむ音が、脳内に響く。
そして、そっと肩口に、くちづけを。
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