ケース4−1´(ダッシュ) 駿壱の場合
「いいよ。じゃあ、だめになってよ」
見上げる瞳が、澄んでいた気がした。男の勝手な思い込みかもしれないけれど、自暴自棄な感じはなくて、そこには、高潔で、繊細な力があった。
そんな華菜の瞳と視線が合った瞬間、どうしようもないくらい愛しくて、無意識にそのまま頭を抱え込んで、そのあとは無我夢中。何も考えないでただひたすら、壊れたみたいにキスを続けた。
何分位そうしていたのか時間の感覚はまるでなかった。不意に華菜が咳き込んで、体が離れるまでは、意識は全部、つながった唇にしかなかった。
「悪い。意識飛んで気が回んなかった。大丈夫?……じゃないな」
苦しそうに咳を続ける華菜の広がった髪を整えていると、スウェットの肩が少しずれて白い肌がのぞく。いやがおうでもさっき口付けた記憶が蘇る。
まだあえぐように息をつく華菜の顎を少し強引に引き上げる。
「ん……」
いきなり顔を上げられて、まぶしかったのか華菜が顔をしかめるように目を閉じた。半開きになった口元から、唾液が一筋流れ落ちる。
拭おうとする華菜の手を封じる。
「や……」
丸い顎に、光る一本の筋。顎を掴んだ指まで流れてきたそれを、口の端からたどるように舌を這わせる。
そのまま細い首を咥えるようにしてなめると、喉が上下するのがわかるくらいはっきり唾液を嚥下する振動が伝わり、少し遅れて音がする。
「やめ……ん」
押しとどめようともがくのも、あえぐのもこうなったら劣情を駆り立てるものでしかなくなる。ひくひくと反応する喉をひたすらなめてやがて刺激になれたそこから、一旦口を離す。
髪をかきあげて、耳。軽く噛んでなめて唇ではさむ。そのたびに華菜が体を強張らせたり弛緩させ、息をつく。
声をあげるのを堪えるように、吐息が絡むように。
さっきみたいにやりすぎるのもかわいそうで、ずっと閉じたままのまぶたに軽くキスをしたあと、両手で顔に触れて、髪を透く。
たった今目を覚ましたように、静かに華菜が瞳を開く。うっとりと潤んだ瞳と湿った唇が、今まで見たことがないくらい極上の微笑みを描く。
柔らかく小さな手が同じように俺の頬を包んだ。
こんなに幸せな気分になれたのは、いつからぶりだろうか。
自然と、再びキスを交わす。
それだけで、何も言わなくても思いが伝わって来た。
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