ケース4−2 華菜の場合
キスがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。目を開くと、当たり前だけど駿兄の顔がすぐそこにあって伏せた目のまつげの長さとかにまたどきどきする。
ん? あれ?
「ねぇ……」
「ん?」
「なんか聞こえない?」
「………っ! 電話!!」
あ、やっぱり。ウチと音が違うから、気付くの遅れたけど、駿兄ん家の電話が鳴ってる。
走ってリビングに向かう途中で一度どこかにぶつかってから駿兄が電話に出る。慌ててる駿兄って、滅多に見れないかも。
「出るのが遅い?……って……だから、風呂行ってたんだって。華菜? いるよ。なんで出なかったかって………ウチの電話だろ? 構わないのは母さんだけだって。少し前に電話があって、そっちに華菜が出て違ってたから出辛かったんだよ。うん。大丈夫。分かってるって。で、ばぁさまは? そっか、わかった。ああ。はいはいごゆっくり、じゃあ」
がちょ、と電話を切って、駿兄が盛大にため息をつく。
「おばあちゃんは?」
「ばぁさま、持ちなおしたって。明日の昼頃にはみんな帰って来るってさ。あーヘンな汗かいた」
前髪をかきあげて、頭を振る駿兄。
「焦ったー……全っ然、聞こえなかった。いつくらいから鳴ってた?」
「ごめんなさい。私もついさっきまで気付かなかった。それより駿兄、寒くない?」
「え? 別にそうでもないけど……」
服を着る途中で私が突撃したから、駿兄はずっと上半身タオル一枚。それも電話に出るとき落として行ったから、今はスウェットの下のみ。見てるほうが寒い感じ。ずっとくっついてたから気にもしてなかったけど。
「あれ? 華菜ご飯食べてない?」
そうだ。ご飯食べかけ。と言うよりほとんど残ってる。
「だって、一人で食べてもおいしくないんだもん」
「………もしかして、キレた原因って、それ?」
あ、ばれた。
へへへへへーっと、笑ってごまかす。
「うわーなんか急に寒くなってきた」
わざとらしく自分で自分の肩を抱いて、しらっとした表情で駿兄がそういう。ひどーい。だって、ご飯はおいしい方が絶対いいもの。
「上、着てくるよ。おかずレンジに入れてくれる? いっしょに食べよう」
レンジで温めなおしただけなのに二人でいるだけでウソみたいにおいしくなったご飯をたべて、ごろごろべたべたしながらテレビのバラエティ番組を見る。
うーん。私がべたべた駿兄に触るのっていつもだけど、駿兄が同じように反応してくれるのは初めて。もう初めてばっかりの一日。
「華菜」
「なあに?」
いつもなら私が駿兄を椅子代わりにしてるけど、今日は逆。駿兄のリクエストにより膝枕です。いやどうも、なれないことしてるからですます調にしてみたり。
だらーんとみたことないくらい隙だらけで駿兄が寝っ転がったまま名前を呼ぶから、ひょいと顔を覗くと、ひっかかったとばかりに頬をつかまれる。
「?」
ぐいーっと引き寄せられて、ひざの上の駿兄と、逆になったキス。もう今日だけで数えきれないくらいキスしてるのに、全然飽きないのはなぜだろう?
「んー こうやってられるのも今日だけだなと思って」
えええ!?
そうだわ。そうよ。明日の朝にはお母さんたち帰ってくるのよ……私のおばかー全然考えもしてなかったわよ。ええ、全く。
さすがに親の前じゃダメっすか? かといって隠れてコソコソやってても速攻でばれるわよ。
二人きり、二人きりなんて無理よぅいっつもウチ、お母さんいるし。ここに来て二人になる時間って、どこにあるって言うの?
「別にそんなに悩まなくても、華菜はいつも通りでいいだろ? 問題は俺だよ」
………うん。駿兄がこんな風に私に触ることは、今までなかったもんね。いつも最低限のスキンシップしかしてないのに、いきなりべたべたするのって、やっぱり変。
今までの駿兄って、私にも親にも、一本境界を引いたような、決して踏み込まない、踏み込ませないものがあった。それが今、きれいさっぱり無くなってて、こんな駿兄が、駿兄の中にいたなんて、私も全然知らなかったもの。
「うん。駿兄、違うもんね、いつもと。なんか、かわいい」
「かっ!? かわいい!?」
だらだらしてた駿兄が、起きあがっていかにも心外って感じで私を見る。そういうのもかわいいと思ったんだけどな。男としてはだめなんだろうか、やっぱり。
「え? だめ?」
見下ろしてたから言いたいこと言えてたんだけど見下ろされたらなんとなく下出にでてしまうわ。
「え、あ、ちょっ……待ッ……ん……」
あっという間に押し倒されてキスしてますよ!!
「ん、ふ……っはぁ……」
だめだわ。思考までとける。目を閉じてただもうキスするだけに集中してしまう。軽い音を立てて唇が離れた。上にあがっていく駿兄のを追いかけそうになって慌てて留まる。
目を開けると、笑ってる駿兄の顔のアップ。
「ほーう。言ってくれたね」
なんかキャラ変わってるし。いやー この人誰ー!? 私の知ってる駿兄はそんな笑い方しないよー もしかして私、地雷踏みましたか?
「今度いつこんな機会があるか分からないから、悔いのない様にしようかな」
悔い? 悔いのないようにってナニする気!?
はい、と両手を取られて、駿兄の首にかけさせる。わけがわからないまま、大きな手が私の背中とソファの間に入ってきて、ひょいと抱えあげられる。
「え? なに?」
私の質問なんか全然無視で駿兄が軽がると抱きしめたまま立ちあがる。とにかく落っこちないように、私も駿兄にしがみつくしかない。
そのままずんずんリビングをつきぬけて廊下も階段も狭さなんて全然気にせずに上手にそのままつれ込まれた先は。
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