3 京都
在来線では何とか持ったが、新幹線はだめだった。
いつのまにか熟睡していた夏清は『委員長、京都ついたよ』とクラスメイトに揺り起こされた。
修学旅行と言っても、根本的にフリーだ。プランは自分たちで作って、おのおの行きたいところに行く。ほかのクラスではトロッコ列車に乗ってから川くだりをすると言うツワモノぞろいのグループもあったが、個人的には、それもやってみたかったけれど夏清達はオーソドックスに市内観光を選んだ。
理数選択クラスはどうしても男子が多くなり、文系クラスは女子が多い。二年A組も、四十三人中女子は夏清も含めて十二人しかいないので、分かれてもしょうがないよと言う多数意見によって、十二人全員で一グループを形成している大所帯だ。
「やっぱり流行りものは押さえないといけないわよね」
と言われて、なぜかプランに晴明神社とか、マニアックなものも含まれているが出発地点である京都駅の伊勢丹をひやかしてから、祇園から始まってちょうど特別公開をしている二条城を見て、嵐山の散策。
京都を無難に西から東へ移動するので、宿に帰ってほかの子たちと情報を交換したら、夏清たち一行が一番予定通りに回りきれていた。
修学旅行生用のプランなのだろう、夕食はバイキングで、どう見てもレトルトだが久しぶりに食べる誰にも邪魔されない食事に涙が出てくる思いだった。
意識して、井名里のほうは見ない。
怒っているのだ。当然。もっとちゃんと寝て本調子でいたかったのに。きっと今日は夏清が一番早く寝てしまうだろう。それだけは自信がある。
「いーんちょー? お風呂いっしょ行こ?」
新学期が始まってすぐに井名里が買ってくれた携帯電話をスポーツバックから取り出す。どうせ番号は井名里と北條にしか教えていないので、かかってくる相手はわかっている。出るつもりもなかったし手提げに入れて移動するのも面倒だったのでこっちに入れっぱなしにしていたのだ。
今日一日でいつ入れたのか、バカみたいに大量に入っていた着信とメールをげんなりしながら眺めていたら、背後から声をかけられる。
「え? あ、うん」
宿の部屋も、クラスの女子全員で一室。三泊目の神戸だけホテルの関係上二部屋に分かれるが、二泊目の奈良も一室だ。
夕食を終えて部屋に帰るとすでにびっちりと布団がしかれていた。とっとと寝ろと言うことだろうか? まだ八時すら回っていないのに。
それを見た瞬間、そのまま寝たい衝動に駆られたのは夏清だけだっただろう。
「これで温泉だったらもっとよかったのにねぇ……」
クラスメイトの一人がそうつぶやく。ぺったぺったと旅館のスリッパを引きづりながら同じジャージ姿の一団が旅館内のそこここを移動している。
新城東以外の学校も何校か泊まっているらしく、とにかく中高生がうようよしている。
「委員長! 迷子迷子!!」
曲がるべきところで直進していた夏清が、クラスメイトに修正される。
「あ、ごめん、なんかぼーっとしちゃって」
「へー……委員長でもぼーっとするんだ?」
嫌味でもなんでもなく、本当に感心した様子でそう言われると、私はどんなイメージなのかと問い返したいが、返ってくる答えが大方予想できたので夏清はあいまいに笑う。
迷路のように入り組んだ旅館の中を彷徨って、やっと大浴場につく。消防法のマル適のおりている旅館のはずなのに。
「お風呂めちゃめちゃ広いよ。泳げる」
「ってか、泳いでたよこの子は!」
先に入っていた同じ高校の一団が、やかましいくらい騒ぎながら夏清のクラスメイトと話している。
ちいさい頃からどこか他人と一線を置いていた夏清は、そういう会話に自然に入っていくことができない。聞くともなしに服を脱いでいるとふいに、背後に気配を感じる。
「な!? いぎゃっ!?」
わきの下から伸びてきた手がしっかりと夏清の胸を包んでいる。
「委員長、ブラのサイズは?」
「え? えっと、六十五のA……」
「んー?」
「あの、草野……さん?」
顔は見えないけれど、声でわかる。クラスメイトの中でも一番元気で一番声が大きくて一番背の高い少女だ。
おそるおそる、夏清が振りかえる。
「ろくじゅーご……? …えー……?」
つぶやきながら草野が、胸の下のあばらから背中にかけて撫で回している。
「キリカ!! 委員長泣きかけてるよ!!」
「ああ、ごめんごめん。つい」
つい、で触られたほうは堪ったものではない。井名里がいたかと思った。本気で驚いた。
「委員長、胸囲ちゃんとショップで測ったことないでしょう?」
脱衣かごを置く棚にしがみついている夏清に草野が真顔で聞いてくるので、反射的に頷いてしまう。
「委員長、六十のCだって。ちゃんとあってるのしないとだめだよ。ねえちょっと聞いてる? うちランジェリーショップだから旅行終わったらおいでー 安くしとくよー」
言いながら、草野が引きずられて去って行く。半泣きになった夏清にごめんね、悪気はないんだよ、あれでも、と他のクラスメイトが謝ってくれる。
「まぁ……趣味と実益兼ねてんだけど」
「いや、うん。ちょっとびっくりしただけ」
まだ心臓がどきどきしている。反射的に殴り飛ばさなくて良かった。
「でも割とアレで合ってんだよねぇ」
「そうなの?」
「うん。私も委員長はAカップじゃないと思う」
「卑怯だよね、頭良くてスタイルいいのって。なんかやってるの?」
集まってきたクラスメイトが口々に言う。
「いいなぁ 胸だけでいいんだよ、胸だけで。肉つくの」
「ひゃはははは、言えてるぅ」
「でもさ、ダイエットしたらまず胸から落ちてくんだよね」
だんだんついて行けなくなる。夏清は、ダイエットどころか色々もうちょっと肉付きがよくなりたいという少数派だ。ひとしきり自分たちで盛りあがったのちに、クラスメイト達は先に行くねと浴場に行ってしまう。
なんだかまた疲れた気がして、ため息をついて夏清もあとに続いた。
風呂から上がって、また携帯を見ると、さらにメールが入っている。タイトルだけで『はやくでろ』内容なし。
一分とあけずに、着信順で読めるように『ろ』から送信されている。ひまなんだろうか、この人は……
「うわ、委員長! それ新機種!? 見てもいい!?」
「いいよ」
画面を戻して渡す。夏清よりよっぽどなれた手つきでクラスメイトがぐりぐりいじって着メロを出している。
「委員長……水戸黄門と暴れん坊将軍と必殺はネタ?」
違う。買ってすぐ勝手に井名里がダウンロードしてきたのだ。自分の趣味じゃない……
「……このメールは……いやがらせ?」
「わ! だめ!! 見ないで」
アドレスは、全く違う英単語だが、どこかになにか書いているかもしれない。さすがにクラスメイトにばれたらヤバイ。
慌てて夏清がクラスメイトから携帯を奪い返すと同時に高らかに流れ出したのは、トッカータとフーガ。音がいい分思いきり回りに重苦しいムードが漂った。照明ががくんと落ちたような錯覚を起こさせる、不幸ネタのコントの効果音として定番で使われている音楽だ。さわられている間にマナーモードが解除されてしまったらしい。
この着メロでかかってくるのは一人しかいない。取り返しておいて本当に良かった……
「も、もしもし?」
出ないわけにもいかず、緑の通話ボタンを押すと、低く、怒ったような井名里の声が聞こえる。
「え? ちょっと待って、ダメだって、無理。可能にしろって、なに言ってるの? 今修学旅行来てるんだってば、え? どうしてそう言うバカみたいなこと……バカをバカって言ってなにが悪いのよ!? きゃっ!!」
ぶち、と電話が切れる音が、多分他にも聞こえたのではなかろうか。
「あー もう! ……って、あ……」
みんながじーっと自分を見ていることに気付いて、夏清が固まる。やばい。どうしよう。怒りに任せて名前言ったりしなかっただろうか。
ちーん、と言う妙な効果音が流れる。どう答えたものかと夏清が言葉を探しているとノックもなしにドアが開く。
みんなの視線が、揃ってドアに向かう。ほっとしつつも夏清がそちらに目を向けると、諸悪の根源が立っている。
「渡辺、明日の件で話したいんだがちょっといいか?」
断ったらあとがひどいよ? と井名里の目が言っている。ため息を一つついてから、携帯の電源を切り、ジャージのポケットに入れてから、夏清は無言で部屋を出た。
卑怯だ。
夏清達が十二人十四畳ほどの部屋に詰め込まれているのに、井名里の泊まっている部屋は普通だ。シングルベッドとユニットバスまでついている。
「不公平だわ」
広くはないけれど、個室で一人でこの待遇だ。自分たちだけ恵まれた環境にいる大人が嫌いになりそうだ。引率者に対する宿の扱いは、生徒のそれとは全く違う。毎年変わる生徒より、毎年やってくる引率者への印象をよくしておく方が、宿として継続して利用してもらえるからだ。
「代ってやろうか?」
「結構です」
「つれないねぇ」
「修学旅行は学業の延長だって出発前に言ってたのはどこの誰よ?」
「アレは外向き」
いけしゃあしゃあと言いきって、ひょいと後から抱きついて、夏清のメガネを外す。
「まさかココで?」
「そ」
「いま?」
「そう」
拒否しようと振り向いて、そのまま唇をふさがれる。舌が割りこんできて、前歯をなぞる。
「ちょッ……ん、ふ」
口をあけたことを後悔する間もなく、舌が絡んで言葉を続けられない。
あっという間にジャージを脱がされて下に着ていたTシャツのすそから手が入っている。この素早さはなんだろう。
「んはっ! や、だっ……」
「お?」
這い上がってきた手を、夏清が制止する。唇が離れた。
自然に閉じた瞳を開けると井名里がニヤリと笑っている。
「ブラしてない?」
…………!
顔に朱が走る。もちろん夏清はこんな事態を想定していたわけではなく、ただ単に寝るだけだからと思って、ジャージの上着さえ着ていたらわからないだろうと風呂からあがったとき着けなかっただけだ。
「ちがっ!! 別に、寝るだけだから…」
「ふーん?」
掴んでいた井名里の腕はあっさりと夏清の拘束を逃れる。逆に、夏清の細い腕が、がっちりと掴まれ、動けなくなる。
「大体、もうお風呂は行ったの! せっ……そう言うこと、したら、あとが困るから……やだ」
至近距離で見つめ合う。息がかかるほど近くにお互いの顔がある。
「だって……来る前……いっぱいしたし……三日くらいしなくても……死なないでしょう?」
「知ってるか?」
「……なにを?」
「『死なない』のと『生きてる』のは違うってこと」
井名里の顔が近づく。咄嗟に目を閉じて身を引く夏清の頬に、薄い唇の感触。
「屁理屈言ってないで……!」
唇が顎から首へとなぞる。自然に顔が上がる。誘うように、井名里の前に白い首筋がさらされる。ごくりと夏清の咽が上下する。
「心配しなくても、痕つけたりしないさ」
「………ったり前でしょ!!」
必死で体中で拒絶しようとする夏清に井名里が苦笑する。
「なあ、するのとココに痕つけるの、どっちがいい?」
「そっ……そんなの選べない!!」
当然の答えをした夏清ののどに井名里の口がばくりと食らいつく。
「………っん! ぃッた……!」
ごづ、と夏清が壁にぶつかる。いつのまにか、部屋の最奥に追い詰められている。
「はぁ……」
井名里の唇がやっと離れて、夏清がほっとため息をつく。けれど、腕はまだ掴まれたままだ。
「先生、離して。もう帰らないと、点呼始まる……」
「大丈夫、俺が行かなきゃ始まらないから」
そう言う問題じゃないだろう。そう言おうとしたのに、また唇がふさがれる。
「じゃあ、口でするのと痕つけるのとどっちがいい? 選ぶまでこのまま」
「どっちにしたって私ばっかり損するじゃない」
「俺は普通にやってもいいけど?」
井名里の唇が、またのど元にあたる。その唇に、軽くついばむような力が入るのを感じて、夏清が慌てて叫ぶ。
「わかったから!! ……っちでっやるからっ!」
もう、やけくそかもしれなかった。
とにかく、早く終わってもらわないことには、夏清が開放されることはないのだ。
「んふ、は……」
ちらりと見上げると、バカみたいに幸せそうな顔がある。普通の時もこのくらい、やさしい顔をしていたらいいのにと思うけれど、自分がすることで幸せになってくれるなら、構わないかもしれない。
頭に添えられた井名里の手に少しだけ力がこもる。
井名里が、自分から口ですることを、面と向かって言葉にして頼んできたのは、この三ヶ月ちょっとの間、これが初めてだ。
しかし誘われて、なんとなくそうなって、やってる回数は結構……何度も……思い出したら、毎回、している……気がする。
「く、いい……」
夏清の口の中に、先走りの苦味が広がる。もうちょっとだ、と思った瞬間、誰かがドアをノックした。
「うわっ」
「んグ……く」
いきなり口の中のモノが肥大する。がっちりと頭をホールドされているので、逃れることはできない。
「井名里先生? いらっしゃいませんか?」
「………すいません、ちょっと、待ってもらえますか?」
どくどくと、口の中に独特の味が充満する。鼻腔まで味が届くような、何度してもなれない感覚。
ドアの外から聞こえるのは、学年主任の声だ。
「んんっふっ!!」
涙目で見上げる夏清にやっと気付いた井名里が、無意識に力を入れてしまっていた手を離す。夏清は、せきこみたいのを両手で口を押さえて我慢しながら、口の中に残ったものまで飲み下す。
「悪い。点呼だ」
涙でにじんだ視界の中に立ちあがって、さっさとスラックスを穿き、井名里が慌ててベルトを締めるのが見えた。
冷蔵庫から烏龍茶を取り出してプルタブを開け、井名里が夏清に手渡す。
「悪い。行ってくる。オートロックだからそのまま出て。お前の部屋ラストにするから、落ちついてから帰れ。部屋のヤツらにはそれ買いに行ってたって言えばいいから」
ごくごくと烏龍茶を飲んでも口の中がうまく動かない。なのでなにも言えない夏清が頷くのを見て、井名里は慌てて部屋から出ていった。
口の中をすすいで、やっと一息つく。
一息ついたあとで考える。
井名里にとって、自分は一体なんなのだろう?
考えたくない答えに行きつきそうで、夏清は目を閉じて烏龍茶をあおる。
「はー……帰ろう………」
外したメガネをかけなおし、夏清はそっと、部屋を出た。
「二年A組女子ー 全員いるかー?」
ノックされて顔を出したのは学年主任の高橋だった。夏清が、全員います。と答えると室内を一瞥しただけで去って行く。
ばたんと閉じたドアに、その場の全員がほーっと安堵の息をついた。
「委員長!! めちゃめちゃびびったよ全然帰ってこないし!」
「本気で心配したんだよ! 奥から始まったからなんとかなったけど、こっちからされてたら絶対アウトだったよー なにしてたのー?」
「ごめん、お茶買って飲んでた」
「もう、そんなの帰って飲んだらいいでしょう? みんな心配してたんだよ」
わらわらと夏清の回りにクラスメイトが集まってくる。本当に心配してくれていたのがわかって、ウソをついていることがものすごく心苦しい。
「ま、委員長も無事だったし、点呼も終わったし……」
両手に、どこにいれてきたのか現地調達したのか、スナック菓子やポッキー、チョコを抱えて草野がにじり寄ってくる。
「これからが本番でしょ?」
うひゃひゃひゃひゃと、妙な笑いをたてながら草野が電気を消す。おしゃべりタイムに突入だ。最初は誰と誰が付き合っているとか、誰が誰のことを好きだとか、割合レベルの低い恋愛がテーマだったのが、いつしかもっと突っ込んだ、生臭い話になっていく。
どのクラスの誰が講堂でやってたとか、自転車置き場に使用済みの避妊具が落ちてたと言う話があったと思えばそう言えばゴミ箱に箱が捨てられていたのを見たという人間までいた。
「学校はちょっとな……」
「でもまー……いつもいつもホテル行ってる金はないよねー 家には親いるし」
夏清が一番驚いたのが、こうして話してみるとクラスメイトの半数がすでに経験済みだということだ。
「キリカのカレシは一人暮しなんだよね?」
そう問われて、草野がそうだよと肯定する。
「そうだけど、別に行ってもそんなやらないよ。なんか続いたらマンネリだし。掃除して帰ってくる」
「うわ! 通い妻ですか!?」
「あと餌付け」
「似あわねー キリカには似合わないって! 名前より似合わないよ」
しれっと言い放つ草野に、クラスメイトがぎゃあぎゃあと騒ぐ。確かに、似合わない……
「えっちはいいんだよ。やろうって言われたらわりとするなぁ」
「言いきったよこの女は!」
「ふふん。私に言わせたらえっちはやらないとわかんないよ。女だってキモチよくなかったら、子孫なんか残せないもん」
いいえて妙だなと夏清も納得する。そう考えると、避妊しない方が気持ちいいと思うのも人間ちゃんと本能で知っているからなのかもしれない。
「ま、気をつけるのは避妊だけ」
「ちゃんとしてるんだ」
「当たり前だよーそりゃ生でさせろって言われるけど、その時困るのはこっちだもん、絶対大丈夫って日でもつけさせる」
うんうんと一人頷きながら草野がキッパリと言いきる。
「そうだよね、してても妊娠したって話もきいたことあるし。出す前に抜いても多少中に残ってるらしいしぃ 中出しは論外だな」
「まだ子供は作りたくないよ」
経験済みグループが、同意するように頷いている。なんとなくそちらに入る勇気のなかった夏清は、みんなはやらないのかと、聞けない。いや、そっちに入っていても聞くことはできなかっただろうが。
たしかに、いつか子供は生みたいと思う。できるのはまだいやだ。と言うより考えられない。生理が来たらほっとする。でも今まで、井名里の大丈夫だという言葉に大丈夫なものなのだろうと思っていた。みんなの言っていることを聞いているとどんどん不安になってくる。
「あとなぁ、アレだけはいやだ」
「あれって?」
「………フェラ」
がふ、と夏清が食べていたスナック菓子を咽に詰まらせる。涙目になってむせる夏清はクラスメイトがくれた飲み物で一命を取りとめる。
「ほーう。その反応、てっきり委員長は言葉さえ知らなかったと思ったよ」
草野がそう言う。知ってるもなにもさっきやってきましたとは、口が裂けても言えない。生でやってから二十四時間も経ってません、と心の中でつぶやいた。
むせたのと思い出したので顔を真っ赤にしている夏清を見て面白そうに笑ってから、草野が続ける。
「委員長がどのくらい知ってるのかは置いといて、あれ、あんまり楽しくないよ。ってかカナリやだね。頼まれて一回やったけどもうやらない」
そう言う草野に、もう一人がうんうんと頷く。
「そうそう、男のほうはなにもしなくていいのにこっちは顎は疲れるし、のどの奥は痛いし女のほうにはいいことないよね。頼まれても五回に一回もしない」
「それにあれ、マズいし。胃がもたれない?」
「キリカ飲んだことあるの!?」
「ってか出されたもん。頭もたれてたから逃げられなかった」
「あたしはそのまま口のなか置いといてトイレで吐く。一回食べたもんまで吐いたよ」
「私も吐きそうになった。キモチよくなりたいならいっしょに腰ふりゃいいのにねぇ」
「そう! そっちの方が絶対いいよ!!」
盛りあがっているのは草野ともう一人だけで、他のメンバーは引いてきている。
「いやー もう聞きたくなーい。あんたたち純情な乙女の夢ぶち壊すようなことばっかり言わないでよぅ! 委員長固まっちゃったじゃない!!」
「あ、ほんとだ」
「いーんちょー? 帰ってきてー?」
「え? あ、うん、大丈夫……ごめん、先に寝ていい?」
目を瞬(しばた)かせて夏清が応えるが声が上ずっている。動揺を隠せない様子にクラスメイトがやっぱりこう言う話をこの人にしちゃイカンよ、刺激強すぎたんでないの? と勝手なことを言っているが、否定するつもりもなくまだ魂が半分抜けた状態のまま、夏清は一番隅の布団に潜り込む。
「やりすぎた?」
「やりすぎだって」
「でも知らないよりか知っといたほうがいいって」
「そう言う問題かー!!」
草野たちの声がなんだか遠く聞こえる。
別に夏清は放心していたわけではなく考えが一点に集中していたため他に意識が向かなかっただけである。
やったことがある二人が二人とも、やりたくないという行為であると言うことは、とりあえず円グラフは百パーセントを示している。この二人が世間とズレているとは思えないので、普通の女性の大半はやらないということだ。
夏清だって好きでやっていたわけではないが、断ったことはない。
井名里は自然に夏清を自分のそれに誘導する。夏清も別になんの疑いもなくそれを口にする。
気持ちよさそうにしている井名里を見るのも好きだ。
でもそれは、他の人たちも普通にしていると思っていたからだ。自分の認識が偏っていたことは認めよう。けれど、普通しないということを教えてくれてもよかっただろう。自分がラクに気持ちいからといって、なにも言わずにそのままだったのはひどい。
ふつふつとわきあがる怒りに、結局夏清はクラスメイトが寝つくまで眠りにつくことができなかった。
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